【 大きな森のおばあちゃん 】

 「大きな森のおばあさん」(明窓出版 天外伺朗著)という童話をご紹介したいと思います。アフリカに住むゾウたちに起こった実話をもとに作られたお話です。

 50年に1度の干ばつで日照りが続き、水や食べ物が少なくなってくるとゾウたちは、 1番年寄りのおばあちゃんゾウのところに集まってきました。その数は日に日に増えて、1,000頭にもなりました。

するとまもなくおばあちゃんゾウを先頭に旅が始まりました。長い旅の中で死んでいくゾウもたくさんいます。そんなゾウを見ておばあちゃんゾウは「お腹をすかせて死んでいくのは、ゾウにとって1番かわいそうなことなんだよ」と教えてくれました。

そんな長く苦しい旅もようやく終わりに近づきました。もうすぐそこには緑豊かな森のオアシスがあるのです。オアシスに着くとまず初めに年寄りのおじいちゃんおばあちゃんゾウがおいしく茂った木の実やみずみずしい葉っぱを食べました。その間、若いゾウたちは待っていました。

年老いたゾウたちは自分達がお腹いっぱいになるとそれぞれが群れに別れを告げて去っていきました。死に場所を探しに行ったのです。それからもゾウたちは順番に森を離れ静かに死んでいく場所を探しに行きました。なぜなら1,000頭ものゾウが食べていくにはその森はあまりにも小さかったからです。

群れを去ったゾウたちは何百頭もカラカラに乾いた川の底に連なって死んでいきました。肉は腐りそれはひどい匂いの悲惨な光景でした。

 しかし数十日後に恵みの雨が降り始め、緑はよみがえり、生き残ったゾウたちはまた楽しく暮らせるようになりました。

 それから50年後、再び長い干ばつにおそわれました。生き残ったゾウたちは50年前の記憶をもとに、あのオアシスに戻る旅をしました。するとそこには以前の森よりもっともっと大きくて豊かな森が続いていました。

そうです50年前に死んでいったおばあちゃんゾウたちの体の中にあった木の実や種がおばあちゃんたちの体を栄養にして立派に成長していたのです。それらは川の流れに乗り見渡す限り一面に広がる大きな森を作り出していたのです。

ゾウたちは、50年後の干ばつも、おばあちゃんゾウの見事な知恵で救われたのです。 

  おわり

 この本の解説には、実際にゾウの大移動を見ていた自然保護団体の中で起こった議論が記されています。このままあの小さな森に1,000頭ものゾウが移動してしまったらすぐに森が食い尽くされ、ゾウだけでなく他の生き物たちも全滅してしまう。だから人工的に間引くべきではないかという意見が大勢を占めていたというのです。

しかし永年ゾウと共に暮らしてきた女性が、ゾウというのは大変繊細な生き物で目の前で自分の親が殺されるところを見たりすると深いトラウマ(心の傷)を受けてしまい、その後自立して生きていくことが出来ない、といことを力説して何とか間引きを思い留まらせたそうです。

結果的には、おばあちゃんゾウの見事な知恵で人間が間引きなどしなくてもゾウたちは生き延びることが出来たのです。

このお話には多くの考えさせられる内容が含まれていますが、一番強く印象に残ったのは、このおばあちゃんゾウは実は何も考えずにこのような行動をとったのではないか、という作者の考えです。

例えばハチが花の蜜を吸うときに花から花へ飛び回ることで結果的に受粉作業を行い、花は実をつけ種を残すことができますが、ハチは花のために足に花粉をつけて飛ぶという行為を意識してやっているわけではなく、ハチはハチ自身が生きるために花の蜜を吸っているだけで、花の受粉作業を一生懸命やってやろうなどとはこれっぽっちも考えていないというのです。

しかし、花がなければハチは密を吸えないわけですから結果としてはハチの行為が花の種作りに貢献し、お互いが上手く助け合って生きている、自然の循環は見事にできているというわけです。

おばあちゃんゾウの知恵も同じことで、自分が果物の種をたくさん食べて、川底で死んで、自分の肉体を栄養にして、森を再生しようなどと理性や知性で考えてやっているわけではなく、もっと根源的な本能や衝動によって行っている誠に自然な行為ではないかという解釈です。

人間は理性的な判断や知性の高さが人生を豊かにすると考えていますが、実はその理性や知性こそが、人間を本当の幸せから遠ざけている原因なのかもしれません。理屈でなく心の奥底で感じることの大切さを教えてくれたお話です。

みなさんは、どのようにお考えになりますか?